変形労働時間制の正しい導入・運用ステップについて
2009年6月、某飲食チェーン店でアルバイトをしていた方が、その運営会社に対し、「変形労働時間制」を悪用されたとして残業代未払い分の請求を求めた訴訟がありました。
東京地裁は同社に対して残業代や付加金などの支払いを命じ、飲食店・小売業などを中心に変形労働時間制が広がる中、よく制度を理解せず安易な制度利用をすることに警鐘を鳴らした形になりました。
正しく制度を理解し、トラブルを発生させないよう、今回は変形労働時間制の正しい導入ステップ・運用の方法を解説します。
アルバイトからの未払い残業代請求!
訴訟を起こしたアルバイトの方は、約4年半、調理・接客業務に従事していました。
勤務当初、雇用契約書は作成されず、その後に作成された契約書にも変形労働時間についての言及はなく、退職するまで制度についての説明を全く受けていませんでした。
判決は「就業規則では1ヶ月単位でシフトを決めるはずが、半月ごとのシフトしか作成していない」として変形労働時間制にあたらないと認め、時効分を除く残業代などの支払いを命じました。
変形労働時間制は、週単位、月単位、年単位での残業時間が平均40時間以下で適切に運用されていれば残業代は払わなくても良いとされていますが、制度を導入しても適切な運用がされていないと、今回の判決のように残業時間と判断されてしまう点に、十分に注意が必要です。
変形労働時間制とは
本来、法定労働時間(週40時間(※)、1日8時間)を超えて従業員を労働させた場合は、時間外労働(残業)として取り扱わなければならず、会社には残業代(割増賃金)の支払い義務が発生します。
例えば、1ヶ月単位の変形労働時間制とは、会社が定めた1ヶ月以内の一定期間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間(※)以下になっていれば、40時間(※)を超える週や8時間を超える日があっても、割増賃金が必要な時間外労働として取り扱わなくても良いという制度です。
1ヶ月単位の変形労働時間制は、月末、月初め、特定の週が忙しいなど1ヶ月のうちに業務の繁閑がある場合や、週休2日制を実施できない場合において有益な制度であり、この制度を利用することで労働時間の弾力的な運用を図ることが可能です。
※商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業で、従業員数が10人未満の事業所においては44時間
変形労働時間制の正しい導入・運用ステップ
1.従業員の勤務実績を調査
変形労働時間制を導入する際にポイントとなるのが、「勤務時間をどのように設定するか」です。
まず従業員の勤務実績を調べ、「残業が多い時期は所定労働時間を増やす」、「残業がほとんどない時期は所定労働時間を減らす」といった労働時間の適切な配分します。
2.労働時間、変形期間、対象者などを決定
1ヶ月単位で変形労働時間制を採用する場合、総枠時間の範囲内で、労働日数と労働時間を割り振ります。
「誰を対象に」「いつからいつまで」実施するか、「勤務は1日何時間にするか」「労働時間の総枠をどうするか」といったことを決めましょう。シフト制を採用しているなど、労働日数や労働時間を特定することが困難な場合は、就業規則で変形労働制の基本的な考え方(シフトの勤務パターン等)を定め、具体的な労働日数と労働時間は、シフト表により、事前に従業員に対して周知しましょう。
原則として変形期間の途中で、あらかじめ特定した日もしくは週の労働時間を変更することはできませんが、どうしても変更せざるをえない場合は、就業規則か労使協定に、起こりうると思われる事由や例をできるだけ多く、具体的に列挙しておくことで例外的に可能となります。
3.就業規則の整備と労使協定の締結
変形労働時間制を導入することにより、従業員の働き方がこれまでとは変わるため、1ヶ月単位の場合は、「労使協定」、「就業規則」または「就業規則に準じたもの」を整備する必要があります。
制度導入時には、労働者代表と合意した上で労使協定を締結しましょう。
定める内容は、以下のとおりです。【労使協定または就業規則等で定める事項】
・対象となる労働者の範囲
・変形期間(必ずしも1ヶ月間である必要はなく、例えば2週間などの設定でも可。)
※1週間の変形期間は、導入できる業種が、労働者が30人未満の小売業・旅館・料理店・飲食店に限られます。
・変形期間の起算日
・変形期間における各日・各週の労働時間
※変形期間を平均し、1週間あたりの労働時間が週法定労働時間を超えないように設定します。
・各労働日の始業・終業時刻
・有効期間(労使協定による場合のみ)
4.労働基準監督署への届出
変更した就業規則や締結した労使協定は、労働基準監督署に届け出る必要があります。
残業や休日出勤が発生する可能性があれば、併せて36協定も提出しましょう。
就業規則は一度提出すれば変更がない限り再提出は不要ですが、労使協定は有効期間が過ぎる前に再提出する必要があるため注意が必要です。
5.社内への周知
慣れない制度に戸惑いを感じる従業員がいるかもしれませんので、充分な説明をした上で導入しましょう。
6.適正な運用と給与の支払い
導入後は、労働時間管理において変形労働時間制が就業規則や労使協定に沿って運用されているかどうかを、管理担当者が定期的に確認しましょう。
給与の計算についても注意が必要です。
残業時間の考え方が導入前とは異なるため、残業代の金額を間違えることがないよう、慎重に計算しましょう。
まとめ
今回は、変形労働時間制の正しい導入・運用について解説しました。
業務量の変化に対応しながら柔軟に勤務時間を調整できる制度であるため、残業時間・残業代の抑制、ワークライフバランスの実現といったメリットもある反面、管理が複雑になるデメリットもありますので、事前にしっかりと運用方法を考えておく必要があります。
十分検討した上で、制度を導入・運用していきましょう。
【原稿執筆者】
社会保険労務士法人ユニヴィス 社会保険労務士
池田